第36回 タンゴの生い立ち


アルゼンチン観光の目玉はタンゴである。タンゴショーを見るためにヨーロッパからも観光客が直行便で訪れる。タンゴは1880年ごろブエノス・アイレスの 港町(Boca)に住む貧しい移民のダンスとして生まれた。男女が密着して踊るため娼婦のダンスだと軽蔑されたが、パリで好評を得たことで生まれ故郷の評価が変わった。その後ドイツからバンドネオンが導入され、また天才歌手カルロス・ガルデル(Carlos Gardel)がタンゴを歌謡化したことで市民に広まった。

タンゴ入門者が一度は聞く曲にMamá, yo quiero un novioがある。地元アルゼンチン以上に日本で人気を呼んだ。コミカルな歌詞だがルンファルド(隠語の多い下町言葉)が多くて難解。藤沢嵐子はやさしい 日本語で歌いラテン音楽ファンの心を捉えた(下記は拙訳、斜字部分がルンファルド)。

Mamá, yo quiero un novio
ママ、恋人が欲しいわ
que sea milonguero,
踊りが好きで
guapo y compadrón;
イカス男の子
que no se ponga gomina
チックで髪など固めず
ni fume tabaco inglés,
英国タバコなど吸わず
que pa’ hablar con una mina
若い娘と逆さ言葉で
sepa el chamuyo al revés;
おしゃべりできる人
mamá, si encuentro ese novio
ママ、そんな人を見つけたら
juro que me pianto aunque te enojes.
怒っても駄目よ、彼について行くわ。

藤沢嵐子

Alberto Villa – Mama Yo Quiero un Novio

※藤沢嵐子氏は本年8月に亡くなった。享年88歳。
(川内)

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