第47回 民主化への移行


1975年11月、フランコが死に、ファン・カルロス1世が即位した。彼はかつてフランコ体制を支持していたが、即位した時点でどのような政治が行われるか不透明な中の即位だった。

フアン・カルロス1世は即位後、フランコの独裁政治を継承せず、立憲君主制の下、民主化と欧米諸国との協調路線を進めるようになった。フアン・カルロスの支持を受けたスアレス首相はフランコ派を抑え反体制派と対話を繰り返しながら民主化を促進させたのである。そのため共和政を主張するグループは、機先を制される形となり民主化の主導権を握ることができなかった。

1977年には41年ぶりの総選挙が行われ、スアレス首相率いる民主中道同盟が第一党となり、翌78年には新憲法が制定されて、立憲君主制へ移行することとなった。新憲法ではバスク地方やカタルーニャ地方が自治州として認められた。

1981年には軍と治安警察の一部がクーデターを起こしたものの失敗。このクーデターは23 de febreroに起きたことから「23-F」と呼ばれ、テレビ中継中の国会が乗っ取られた映像がテレビを通じて全国に放映されたこともあり、今なお多くのスペイン人の記憶に残っている。軍部右派が国王の支持を受けた上でクーデターを成功させ、その後軍部を首班にした「救国内閣」を設立し、国王を擁した軍事独裁の復活を図ったものであった。しかし、フランコ死去後の議会制民主主義および立憲君主制移行が一段落し、国民が軍事独裁の復活を支持しなかったことに加え、フアン・カルロス1世国王の支持を受けることもできなかったため、失敗に終わった。
※事件の様子
https://www.youtube.com/watch?v=hVHu3m-4keo

民主化は1982年に社会労働党の下で完了し、86年にはECに加盟(社会労働党は1996年に保守主義の国民党が政権交代)。以降は統合されたヨーロッパの一員として地位を確立させつつある。

現代スペインは財政赤字の解消、不動産バブルの後始末、経済不況、外国人労働者問題、ETAのテロ活動(停戦中)、カタルーニャ地方の独立問題など数々の問題を抱えている。歴史的に見てアメリカ合衆国以上にさまざまな民族、言語を抱える国スペインは今後どのように歩んでゆくかが注目される

こんな記事も読まれています