第48回 狩猟・農耕・文明


これまでスペインの古代から現代にかけての歴史を駆け足で見てきました。ここからはスペイン語圏として大きな役割を果たしてる中南米の歴史を見ていきたいと思います。ただし中南米と言っても、あまりにも広大な地域です。また中南米の歴史において数多くの国や文明が存在する中、それをひとまとめに語ることはできません。文明を軸としてその成立を考えたいと思います――。

まず南北アメリカ大陸にヒトが登場したのはいつだろうか。アメリカ大陸にはネアンデルタール人などの古いヒト科の化石は一切発見されない。見つかるのは現人類のホモ・サピエンスだけだ。アフリカで生まれたホモ・サピエンスは今から2万5000年前までにはシベリアの寒い地域に進出していた。

2万5000年前といえばユーラシア大陸とアメリカ大陸の間に横たわるベーリング海峡がまだ地続きの時代である。研究によるとアメリカ大陸に最初に渡ったヒト=ホモ・サピエンスは今から1万5000年前をさかのぼらないと考えられている。狩猟生活を続けていたヒトは獲物を追ってユーラシア大陸を陸路で渡り、北米大陸に渡ったと想像に難くない。1万2000年前には北アメリカの大草原地帯にまで南下し狩猟を行っていたことは出土する石器により明らかである。

どのぐらいの期間で最初にヒトが北米大陸に渡って南アメリカの南部まで到達したのだろうか。正確にはわからないが、狩猟を行いならがかなりの速さで南アメリカまで到達したと考えられている。発見された遺物から判断すると現在のカナダからアルゼンチンのパタゴニアまで1000年ほどの短時間で到達したようだ。驚くべき速さである。

このようにアメリカ大陸に進出したヒトは南北アメリカで小規模単位で狩猟を主とした社会を構成していった。彼らは農耕を行わず、狩猟や採取などに頼った狩猟社会を構築していったが、やがて農耕によって生計を立てる地域が登場した。このタイプの社会が成立したのはまず北米のメキシコから中央アメリカにかけた地域(メソアメリカ)だ。紀元前8000年ごろには植物の栽培が試みられ、中でも原種は小さな穂軸しか持つにすぎなかったトウモロコシは長い期間をかけて品種改良され、現在の形のような主要な食糧となっていった。

南アメリカ大陸のアンデス地方でも農耕社会が誕生していた。トウモロコシ、豆、カボチャ、ジャガイモ、キヌア(穀物)などが栽培され、その中でもやせた土地でも育つジャガモは高地で暮らす人々にとって重要な食糧となった。乾燥した高地で収穫されたジャガイモは高地の寒さと乾燥により保存食として加工され、食糧の保存が可能になった。同じくアマゾン、オリノコ川流域でも農耕を行う社会が誕生したが、狩猟と漁業の収穫の不足分をキャッサバと呼ばれるイモを栽培した程度に過ぎなかった。

アメリカ大陸でメソアメリカとアンデス地方だけに大きな文明が成立した背景に農耕社会の誕生と長期保存のできる食糧の確保があった。安定した食料の供給は人々を飢えから解放し、人口の増大と文明の形成に寄与した。この2大地域のいずれにおいても、紀元前2000年までには定住した人々の住む農耕社会が成立し、土器や織物の製作がなされ、やがて文明の発達につながっていく。

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