第7回 表舞台に登場しない民族


イスラムとキリスト教の長きにわたるイベリア半島での戦いの前に、古代からどのような人々がこの半島に住んできただろうか。これまでフェニキア・ギリシャ人、カルタゴ人、ローマ人、ゲルマン民族(西ゴート族など)が外からやってきて、イベリア半島に住んできた。

フェニキア人やカルタゴ人らはあくまでも沿岸部に都市を作り貿易の拠点としており、イベリア半島に全域に住んだ住民とは言い難い。ローマは各地に都市を作り、ローマ化を進めたが、ローマ以前にこの半島にはどのような人々が暮らしてきたのだろうか。

スペイン語でイベロス(Iberos)と呼ばれる人々が古代ギリシャ人やフェニキア人などが登場する前から住んでいたのは間違いない。彼らについて最初に言及したのは古代ギリシャ人で、まずは地中海沿岸部をイベリアと用いた。その後、半島全体をイベリアと呼び、やがて半島に暮らす先住民を指してイベリアと呼ばれるようになったという。

イベリア人の起源は今もって不明であるが、成り立ちを推測する説がいくつかある。ここでは有力な説を紹介する。

―イベリア人は考古学的証拠から紀元前5千年から紀元前3千年の間に地中海沿岸の東側からやってきた。地中海沿岸に定住し、やがて半島全土に居住するようになった。

―イベリア人は、アイルランド島、グレートブリテン島、フランスに紀元前1千年にいたケルト人と類似しているとみなされるという説。ケルト人たちは紀元前9世紀と紀元前7世紀の2度、ピレネー山脈を越えて半島へ移住し、イベリア人と混ざり合ってきたという。

―バスク人はイベリア人の系統に属すと考えられいる。Y染色体の系統がR1b系統で90%以上観察される。イベリア人もR1b系統に属していたと考えられる。

―イベリア語やバスク語は、コーカサス諸語と同語族を構成するという説がある。古くコーカサス(カスピ海と黒海の間の地域)はギリシャ・ローマ人から「イベリア」と呼ばれており、ここからスペインに移住した民族がバスク人の祖となり、イベリア半島の呼称もそこから来ているという説もある。実際、Y染色体ハプログループR1bは西アジア起源とされている。

イベリア人は突出した文化や功績を残したわけではないが、フェニキア人やギリシャ人らと青銅技術、農業、金属加工術を持って交易をしていたという。またケルトやギリシャの文化も取り入れ、イベリア陶器は地中海沿岸で見つかっている。外部からの影響を取り込み、それを自分のものにする素養があった人々ではないだろうか。

スペイン人の友人から「スペインにスペイン人はいない」と聞いたことがある。歴史的にさまざまな民族が混ざり合っているのがイベリア半島の住民であり、それは今なお続いている。

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