Las Navas deTolosa

第12回 イスラム世界の終わりの始まり


Las Navas deTolosa

スペインの歴史を知る上でイスラム王朝の歴史を知ることは不可欠である。今しばらく、これらのなじみのない王朝の栄枯盛衰の話にお付き合いいただきたい。

1147年にムラビート朝は北アフリカのマグリブ地方、現在のモロッコに当たる地域でイスラム改革運動を基盤として興ったムワヒッド朝(創始者:アブドゥルムウミン )により滅ぼさた。ムラビート朝滅亡後、イベリア半島でイスラム諸王国(タイファ)が乱立したものの、ムワヒッド朝は早々にこれらのタイファを服従させ、北アフリカからイベリア半島南部を広く支配する帝国を確立させた。

またムワッヒド朝アンダルス最大の拠点であったセビリアは初代アブドゥルムウミンの子、ユースフ1世がこの地域に強い関心を抱いており、その統治下でイブン・トファイルといった当時一流の文学者や哲学者らを招聘、アンダルスのイスラム文化が頂点を極めた時代でもある。

ムワッヒド朝はもともとイスラム教の神の唯一性(タウヒード)を重視する教義を説く改革運動が原点にあり、北アフリカマグリブ地域全域を支配する一方、イベリア半島のキリスト教徒達との戦いも積極的に行った。ユースフ1世の子、第3代君主ヤアクーブ・マンスールは12世紀末には南下してきたはカスティーリャ王国のアルフォンソ8世をアラコルスの戦いで破り、キリスト教徒によるレコンキスタを防ぎ、東ではリビア西部まで支配下に加えてムワッヒド朝の最大版図を実現。

しかしながら、次第に王朝のイデオロギーであったタウヒード主義は形骸化、その教義に支えられてきたベルベル人の軍隊も弱小化の兆しが見られてきた。1212年、第4代君主のムハンマド・ナースィルはコルドバの近郊でアルフォンソ8世らの率いる十字軍に敗れ(ナバス・デ・トロサの戦い)、アンダルスとキリスト教スペイン諸国のパワーバランスを決定的に変化させた。宗教的な結束力も失いつつあったムワッヒド朝は原点であるタウヒード主義も放棄、版図はモロッコ周辺のみとなっていく。

レコンキスタ運動の中でも最も重要な戦いであるナバス・デ・トロサの戦い以降、ムワッヒド朝が内紛やキリスト教徒との戦いでで崩壊していく中、イベリア半島は再びタイファ諸王国が乱立する時代を迎える。1230~1240年代にバレンシア、コルドバ、セビリアといった主要な都市がレコンキスタ運動で次々と攻略され、アンダルスはグラナダを中心としたナスル朝グラナダ王国だけとなる。

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