第22回 太陽の沈まぬ帝国へ


史上、太陽の沈まない国と呼ばれたのはたった2つの国しかない。1つは7年戦争後のイギリス、そしてハプスブルク家のスペイン王国の2つだ。

これまで何度にも分けて、イスラム勢力が在留しているイベリア半島の歴史を見てきたが、ここからは、スペインがいかに「太陽に沈まない国」と呼ばれる、そして凋落していったかを見てみたい。

カスティーリャ王国の王女イザベル1世とアラゴン連合王国の王太子フェルナンドは1469年に結婚し、1474年にはイザベル1世がカスティーリャ王国女王として、1479年にフェルナンドはフェルナンド2世としてアラゴン王に即位する。これによりカスティーリャとアラゴン連合王国は統合され、「スペイン王国」が誕生した。

しかしながら、カトリック両王と呼ばれる2名による君主体制であり、各国は独自の法律、統治機構、議会、通過などを維持していた。そこで王国を統一するカギとなったのがキリスト教である。それまではレンコンキスタ運動を進めながらも、イスラム教徒やユダヤ教徒に宗教の自由を認めてきたが、1492年にグラナダが陥落し、スペインからイスラム教王国が消滅すると、スペイン異端審問が始まり、カトリック両王と呼ばれるフェルナンドとイザベルはキリスト教への改宗か追放の二者択一を異教徒に迫ることとなる。

両王は貴族の権力を抑制し中央集権化を進め、政治、法律、宗教、軍事などの大規模な改革を行い、同時に様々なプロパガンダを使い、自らの威信と正当性を強めることを行った。前国王エンリケ4世を「不能王」などと貶めたのもその一環である。

グラナダ陥落の1492年は大変大きな意味を持つ年であった。それはイザベル女王が資金を出していたイタリア人探検家であるクリストファー・コロンブス(スペイン語でクリストバル・コロン)が新大陸を発見したのものこの年である。

熱狂的なカトリック教徒であったイサベルは、他宗教の民衆を執拗に追放・殺りくし、また他宗教からキリスト教へ改宗した民衆に対したては何度も異端審問を行い、財産の没収・追放・処刑等を行っている。イサベル1世が支援した「冒険家」により、様々な「新大陸」が発見され、それらの土地から略奪、産出された品スペインに黄金時代をもたらすことになる。

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