Middle Ages

中世
古代ローマが衰退した5世紀から、スペインではレコンキスタ完了までを中世とした。
東ローマ帝国滅亡(1453年)からを近世と考える場合もあるが、当サイトではスペイン史を中心に見てきたため、スペインからイスラム勢力が消えた15世紀末(1492年)をもって中世と考える。

第16回 キリスト教スペイン諸国の新たな勢力図

キリスト教連合国も決して一枚岩ではない。レコンキスタの先鋒として領土を拡げていったアストゥリアス王国は拠点をスペインの北西部にあるレオンに遷都しレオン王国と名乗る。レオン王国の最前線は「城」を意味するカスティーリャ(カスティージャ)と呼ばれていたが、レオン王国はカスティーリャ伯爵領を設置した・・・

第15回 レコンキスタの開始

レコンキスタ、スペイン語で綴るとReconquista、つまり「再び(re)征服すること(conquista)」を意味する。レコンキスタとは718年のアストゥリアス王国建国から1492年のナスル朝滅亡までに行われたキリスト教国によるイベリア半島の再征服活動の総称である。これまでは主にイスラム勢力側からの歴史を見てきたが、キリスト教国側ではいったいどのような動きがあったのだろうか。その歴史を見てみたい。

第14回 イスラム=スペインの最期

14世紀後半、ムハンマド5世の治世の下、壮麗なアルハンブラ宮殿と共に大いに栄えたナスル朝であったが、15世紀に入ると有力なイスラム国家の支援もなく、カスティージャ王国とアラゴン王国が接近し、両国の対立を外交戦略で利用することが困難になる・・・

第12回 イスラム世界の終わりの始まり

スペインの歴史を知る上でイスラム王朝の歴史を知ることは不可欠である。今しばらく、これらのなじみのない王朝の栄枯盛衰の話にお付き合いいただきたい。1147年にムラビート朝は北アフリカのマグリブ地方、現在のモロッコに当たる地域でイスラム改革運動を基盤として興ったムワヒッド朝(創始者:アブドゥルムウミン )により滅ぼさた・・・

第11回 繰り返される衰退と滅亡

若い王と野心的な後見人の末路は相場が決まっている。後ウマイヤ朝の第3代カリフ(最高権力者)、ヒシャーム2世は父であるハカム2世が亡くなり、わずか11歳でカリフを継いだが・・・

第13回 花開くイスラム建築の結晶

イスラム王朝は壮麗な建築をスペインに残している。中でも最も有名なものがアルハンブラ宮殿と言っても異論はないだろう。1212年のナバス・デ・トロサの戦い(キリスト教連合国とムワッヒド朝率いるイスラム連合国)でイスラム連合国が敗北して以降、アンダルスへのキリスト教連合国の侵攻が強まるとともにムデハルと呼ばれる人々が生まれた…

第10回 月とコーランのスペイン

8世紀半ばに後ウマイヤ朝は誕生した。のちに数々のイスラム王朝がイベリア半島を支配することになるが、後ウマイヤ朝は最も大きな領域を版図としている。その都であるコルドバは世界有数の都市へと発展したが、逃走してきたイスラムのアミール(司令官)が立てた王朝がどのように繁栄していったか・・・

第8回 アル=アンダルスのスペイン

7世紀末から西ゴート王国は内部から崩壊し始めていた。西ゴート王国最後の王、ロデリック(ロドリゴ)が即位すると、反ロデリック陣営はジブラルタル海峡の対岸の街セウタの総督フリアンを通じて、当時北アフリカを東ローマ帝国から奪い、ベルベル人の住むモロッコを支配しつつあったイスラム王朝に援軍を求めた。