Spanish World

第75回 メキシコの隠れた政党PUP

PRI(Partido Revolucionario Institucional, 制度的革命党)が倒れて14年 になる。永遠に続くかと思われたPRIだったが2000年7月の大統領選挙で野党 のPAN(国民行動党)に敗れた。一党独裁の弊害はあったものの革命後の 混乱期からメキシコを今日の地位まで引き上げた功績もある。PRI独裁の中、 弁護士やアメリカ留学帰りの経済学者や医師などが作った知的遊びの組織が PUP(Partido Unico de Pendejos)である。

第74回 フィリピンとスペイン語 2

フィリピン独立の英雄ホセ・リサール(José Rizal 1861-1896)の作品に「最後の別れ、Mi último adiós」がある。この作品はリサールがスペイン植民地政府から国家転覆(革命)の罪を着せられ銃殺刑に処せられる直前に祖国と家族への訣別の言葉として書き残したものと言われる。一連5行からなる14連の詩は韻を踏んだ格調の高い作品である。

第73回 フィリピンとスペイン語 1

フィリピンが公用語としてスペイン語を捨てたのは1973年であり比較的新しい。フィリピンにまだ200万人前後のスペイン語話者がいると聞いても驚かない。英語と共に公用語であるタガログ語には2割以上のスペイン語起源の語彙があるといわれる。彼らの名前がスペイン語系であることはよく知られている。

第72回 思いがけない出来事

出来ちゃった婚をスペイン語でどう表現するか探している時にsalir con un domingo sieteという表現に出会った。予期せぬ事態に出会い当惑の声を上げるときに使われる。

“María salió con su domingo siete.” 「 驚いたことにマリアは身籠ったようだ」 などとも使われる。

第71回 スペイン語は変化を続ける

スペインは世界のスペイン語話者5億人の1割にも満たない人口だが、常に正書法の近代化をはかり、Real Academia Española(RAE, スペイン王立アカデミー、1713年設立)を通じて新しい単語の承認などでスペイン語圏に絶大な影響力を発揮してきた。RAEは1952年以降だけでも3回の改定を行いスペイン語の近代化、簡素化を図っている。

第70回 裏通りの言葉ルンファルド 2

学生時代に聞いたタンゴに藤沢嵐子のA media luz(淡き光に)がある。小さなアパートで週末に愛人と独身生活を楽しむ男の歌。

ブエノスアイレス市内の中央部を縦断するコリエンテス通りには高層アパートが立ち並び、劇場や書店も多い。東京より早く開通した地下鉄も走り便利な通りである。

第69回 裏通りの言葉ルンファルド 1

アルゼンチンは移民の国。産業革命後ヨーロッパ向けの食料と羊毛の需要が急増し、労働力不足からヨーロッパの貧民が移民として大量に受け入れられた。移民の大半はイタリア人だった。イタリア語からたくさんの単語が隠語化してルンファルド(lunfardo)が生まれたといわれる。

第68回 翻訳の真似事

日本語の西訳は学生時代には作文だが、社会人になれば短い文章でも翻訳になる。社会人としての翻訳第一号は民話のカッパ(El kappa, animal imaginario)だった。海外勤務時代に事務所に掲げるべく松下幸之助の「青春」を翻訳したことがある。当時の直訳調の訳を今読み返してみると少し冗長である。

第66回 中南米の先住民語 1

現地で生活すると知らない間にスペイン語化した先住民語も覚えることになる。 主要な先住民語にナワトル(Náhuatl)、マヤ(Maya)、ケチュア(Quechua)、 グアラニー(Guaraní)などがある。